トリアージ

坂病院は地域の災害拠点病院に指定されており、日常的に防災チームを中心として訓練がされていたようでした。

到着後も、震災後6日めとは思えないほど機能分化されていました。

震災後すぐに、外来はトリアージ体制がとられ、一人目の患者様が搬送される前に準備は整っていたそうです。


トリアージは、人材・資源の制約の著しい災害医療において最善の救命効果を得るために、多数の傷病者を重症度と緊急性によって分別し、治療の優先度を決定するものです(緑は軽傷、黄色は処置を必要とするもの、赤は生命に関わる重篤な状態、黒は死亡)。

救急車も救急入口に到着するのではなく、トリアージポストでトリアージされます。

年齢や科別に関係なく、重症度で診察する場所が変えられます。

写真はトリアージポストになっている玄関に、アイウエオ順にトリアージされた患者様のEST-TAGが貼付されていたものです。

家族を探している人のために、わざと公開してあります。

震災後一番に救急搬送されたのは、ランドセルを背負った状態のままの小学生で、残念ながら死亡確認されたそうです。

お母さんは他の病院で重症との知らせを受け、同じ位の子を持つ看護師さんは胸が締め付けられるようだったと話してくれました。

そのうち津波に流され、救助されるまで水に浸かっていた油まみれの人が低体温症で続々運ばれ、点滴を電子レンジで温めて輸液したり、電気毛布等で体を温めるという作業で処置室だけでは足りず、本当に大変だったようです。

最近は赤の対象者が減少し、緑の患者様が増えています。

それでも救急車は休日当番の日の3-5倍来ているそうで、心筋梗塞や妊婦さんが次々運ばれています。


私は緑ブースの支援に入ったので、患者様は発熱、腹痛、頭痛、腰痛、喘息発作、打撲等が多く見られました。

しかし、歩いておいでた腹痛の70歳台の患者様は、避難生活のストレスからくる十二指腸潰瘍の穿孔で、みごと原田Drが診断されてICUに入院の運びとなりました。

他の病院の外来に避難所からおいでたケースでガフキー9号が出たとか、ノロウイルスやインフルエンザも多く見受けられたようでした。

また、避難所の五歳くらいの男の子が夜にいきなり起き上がってパニックになったとか、ご主人が行方不明で持病の精神科疾患が悪化した方、自分だけ生き残った罪悪感からリストカットをしたケースもあるとかで、メンタルケアを早急に行う必要性を感じました。

入院ベッドは定床の349床を、災害モードの392床で運用。

それでも入院扱いにならないPEGの患者様を施設が空くまで脳波室でお世話したり、電気が通っていない地域のHOTの患者様をエコー室でお預かりしたりしていました。

写真はPEGの患者様の申し送りメモが貼られている、ベッドのヘッドレストです。

副院長先生は、保健師さんと退院支援を一生懸命され、まだ病院に置いてほしいというご家族も「仕方ない」と承諾されていました。


各部署の連絡はすべてトランシーバで行われます。

処方箋や患者様の案内は、リハ科や事務が2交代でメッセンジャーを務めていました。

私が夜勤した時の作業療法士さんは、今回生まれてはじめて夜勤をしたと言っていました。

電子カルテのかわりに、サーバー停止時用の紙カルテが使用されていました。


不謹慎ですが、トリアージについてはかなり勉強させていただきました。

明日は、避難所まわりをした時の様子をご紹介します。 


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