最期の記念撮影

あったかい看護

90歳代のAさんは、緩和ケア病棟に入院時歩行困難で車椅子での移動でしたが、認知症もなくしっかり自分の意志を伝えることができました。

入院時付き添っておられたご家族が、「母は孫やひ孫をかわいがってて、ずっと世話をしてきたんです。今は家を建て替えていて○月〇〇日に棟上げやから、それまでは頑張るんやって話してたんです。私もそれまでは頑張って欲しいと思うんです。」と話されていました。

入院してしばらく経った頃、Aさんは戦時中に学校に行かせてくれた両親への感謝の思いや、夫と営んできた家業を孫が継いでくれて今家を建て直しており、「棟上げの日までは生きとかないかんのや。」「ひ孫たちに会いたいわ」と話されていました。

これまで孫やひ孫に囲まれて賑やかな生活をしていたAさんでしたが、コロナ過で面会もままならず、徐々に病状が悪化して傾眠傾向になりました。

Aさんの想いを叶えるには「外出しかない!」と主治医に外出の許可を確認し、「命を縮めることになるかもしれないということを家族が理解してそれでも構わないのなら」と許可がでました。

面会に来たご家族にAさんの思いを伝え、外出の提案をしました。
ご家族で話し合い、「仮に外出が原因で命が縮んだとしても母の思いを叶えてあげたい」というお返事でした。

担当セラピストに相談してリクライニング車椅子を借りることになり、ご家族が介護タクシーを手配されました。
日に日に衰弱が進んでいるAさんが外出できる状態か看護師も不安できたが、ご家族は「母がもし分からなくても連れて帰ってあげたいと思います。家族もみんな同じ気持ちです。」と話されました。

ご家族が朝に来棟し、今から家を見に帰ることやみんなが待っていることを伝えるとAさんはしっかりと理解され、看護師付き添いの元介護タクシーに乗り、自宅へと向かいました。

家に着くと続々と孫やひ孫が到着し、みんながAさんに声を掛けられました。
「家はまだできてないけど帰ってきとるで、見えよる?」「ばあちゃ~ん、さむないか?」
ひ孫たちも様子が変わってしまったAさんの傍に寄り、自分の名前を伝えたり手をさすったりしていました。

今回が家族が集まる最期の機会になると思い、看護師は全員で写真を撮ることを提案しました。
「じゃあひ孫たちおばあちゃんの周りに集まって」とAさんが可愛がり大事にしていたひ孫たちと集合写真を撮られました。

みんなと過ごした時間は短く、Aさんはほとんど目を閉じておられましたが、孫やひ孫の声を聴き家族をそばで感じることができたと思いました。
病院に戻ったご家族は本当に喜んでおられ、付き添った看護師に何度も感謝の言葉をかけていただきました。

外出から4日後、Aさんはご家族に見守られて静かに夫の元へと旅立たれました。

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